『
月刊アスキー別冊 蘇るPC-9801伝説 永久保存版』という書籍に、
PC-98時代のBio_100%のフリーウェアゲームが収録されることになった。
そんなわけなので、今回はちょっと、思い出話をさせてもらおうと思う。
あの大ブームになった『Windows95』が出てくる前の、
PC-9801というNECの出していたパソコンシリーズが”国民機”と呼ばれていた頃の話だ。
俺がPC-98と出会ったのが小学2年生の時。我が家にPC-9821Aeが来た。
PCが来た理由はよく知らない。今にして思えば、中学校で情報科学部に入っていた
2人の兄の為に買われたものだったんだろう。
家にデカデカとした不思議な機械が来たんで、分厚いコマンド本を片手に
喜んでいじくりまわしたものだ。
そこでBio_100%のゲームに出会った。
最初にプレイしたゲームは、
何かの本の付録で付いてた「3分間で敵を撃ちまくるやつ」と、
人づてにもらった「戦艦が潜水艦や宇宙生物と戦うやつ」だった。
とにかく面白かった。それ以上の言葉は必要無いだろう。
キーボードを壊しそうなほどベタベタにハマった。
彼らのゲームが欲しくなってパソコン通信(「インターネット」ではない)を始めて、
「フリーウェア」という概念を知った。今でもこの単語には特別な思い入れがある。
彼らのゲームがまとまった本も買った。この「まとめ本」、実は今でも大切に持っていたりする。
「まとめ本」にはBioメンバーの顔写真や座談会が掲載されていて、
この人達みたくなりたい、という憧れを持った。
ガキの頃の俺にとって、「ゲームクリエイター」なる人種はBioの面々だったし、
俺のゲーム観を組み上げたのはBioのゲームだった。
俺にとってBio_100%は『ファミコン』より大きな存在だ。
兄弟友人と「戦車ゲーム」で対戦しまくり、時には協力プレイに励んだあの日も、
「3分間シューティング」でノーミスクリアでハイスコアを叩き出して完全燃焼したあの日も、
忘れることはないだろう。
Windows環境に移行してからは、残念なことにBio_100%の作品に触れる機会はグンと減ってしまったが、
ドリームキャストに『戦国TURB』が移植されるという雑誌の記事を見て、
羊男やなのれーとの再会に涙を流したりもした。
altyやSteelmanなんかは今は携帯電話ゲーム屋さんで活躍しているらしい、という話を耳にする。
(後に確認したところ、altyはその会社の副社長なんだそうな。驚きである。)
幼い頃にPC-98と出会ったから、今でもパソコンいじりが日課だし、
幼い頃にBio_100%と出会ったから、このゲームレビューコーナーがある。
あの時出会ったパソコンとゲームは、間違いなく自分を育ててくれた、と思う。
それは”今に繋がる”思い出だ。
書籍に収録された彼らBio_100%のゲームを改めて遊んでみると、
ライトなプレイ感覚とゲーム展開のテンポの良さ、攻略性の高さといった要素が
上手くミックスされていて、”サクサク遊べてまた食べたくなる”テイストは
11年以上経った今でも、決して古びていない、と個人的には感じる。
しかし、Bioの元締であるalty氏が、誌面のインタビューにて、
「今、もう一度やってみると、何でこのゲームにはまったんだろうって思いますよ。…(中略)と述べているのに、深く考え込んでしまった。
…当時ハマったゲームの体験が、今でも面白く感じられるんだと思います。」
新しいモノに出会ったときの喜びや興奮は、そう簡単に転がっているものではない。
私がPC-98とBio_100%に出会った11年前と違って、ゲームもパソコンもネットワークも普及し尽くし成熟を迎えつつある今、
その事をはっきりと思う。
そして私は、思い出にすがるのを否定して、またフリーゲームを探しにいくのだろう。
どこかに潜んでいる、まだ見ぬ新しいモノを求めて。
あの興奮を求めて。