ゲームの話・外伝01 「僕と老人と美少女シューティング」
一日の勤めを終えると、僕はゲームセンターへ足を向ける。
いつもと変わらない最近の日課だった。
だけどその日は、いつもと変わっていたことが、ひとつだけあった。
その日の台には、先客と、風変わりな観客が一人居た。
観客は男性の老人だった。
彼を見て、自分でプレイするわけではないという事は簡単に想像できた。
というよりも、この深くしわの刻まれ、見事な眼光を携えた老人と
アニメ顔の美少女キャラクターが飛翔し、大量の光弾が乱舞するシューティング・ゲームを結び付けることは、
僕には難易度の高い連想ゲームだった。
彼がこのゲームを熱心に眺めていること、そのこと自体がどこか異質なような気がした。
そこにきてふと、コンビニで小銭を使い果たしたことを思い出して、
僕は一度両替機の方へ足を向けた。
両替機から戻ってきて、目の前の席が空く。
かの老人が席に付こうとする様子は見えない。
やはりか。
自分でプレイはしないだろうという、先ほどの推測は的を外していなかったようだ。
周りを少し見回して、ほかにプレイを待っているギャラリーが居ないことを確認する。
2台となりに設置された格闘ゲームを待つ人々がやや紛らわしいが、特に問題はないようだ。
出番だ。
あまりにも自意識過剰な内なる声に引かれるように、僕はすかさず席に着き、
コインいっこいれる。
ゲームが始まる。
B.G.M.と同期しながら、まるで天使が羽根を広げていくかのように
スラスターを噴射させる機甲少女。
僕は鼻の位置に下がっていた眼鏡を、眼の高さまで戻す。
それが僕らの戦闘開始の合図だった。
すぐに敵機と対峙する。
ショットは撃たない。その代わりに放たれたのは一筋の線。
放たれたアンカーは簡単に敵機に命中した。
「ガシン」という効果音、「CAPTURED」の表示。
すかさず左手の桿を1周させ、ボタンを離す。敵機は強烈な勢いで別の敵に叩きつけられた。
掴み、振り回し、投げる。
これが、このゲームの特徴にして真髄。
情け容赦のない弾幕をかき消し、数で圧殺を図る雑魚を押し返し、耐久度のあるボス敵ですら一撃の元に葬る。
その動作は、撃つためではなく、討つためにある。
僕がこのゲームに対して大層惚れ込んでいる理由もそこにある。
白い鎧を身に纏った戦乙女は、対峙する戦闘機を、戦車を、次々と粉砕していく。
ついにはこのステージ1のボスである、巨大な対空車両が現れた。
すぐさまボス戦開始前に捕らえておいた敵攻撃機を投げる。
爆発。
ボスは次の形態へ移ろうとする。
その空白の時間を突いてボスにアンカーを打ち込み、接近する。
超至近距離からの射撃が、その弾道を見せることなく鋼鉄の巨体を削り取っていく。
ボス第二形態の攻撃は、車両側面からの機雷射出。
右側面へ移動し、すかさず機雷を掴んで、そのまま左へちぎるように投げる。
再度爆発。
その間に左側に残っていた機雷をキャプチャーする。
これは無論、第三形態を即座にパスするための布石だ。
再三にわたる攻撃にもかかわらず、まだ沈黙しないボス。厚くなる弾幕。
更にはジャイロ付きのビットを射出する。それが攻撃のチャンス。
すかさずアンカーで掴み爆破する。
ボスが最後の形態に変形する。
画面上にまだ残っている、前の形態で射出されたジャイロをあるだけぶつける。
さすがに最後だけあり、これだけではボスを倒すに至らない。
アンカーを直接ボスに打ち込んでロックオン攻撃を行う。
自機の周囲に意識を集中させる。
アンカー射出中に表示される緑色の三角が、自機の当たり判定である。
弾幕は厚い。だが、放たれる弾丸の多くは自機に向かってこない”ハッタリ”にしか過ぎず、
気を集中して臨めば十分に回避可能だ。
被弾する原因は大抵、敵ばかりを意識してしまい、自機を見失っていることにある。
己が敵は己なのだ。
撃破完了。
だけど僕は、まだ己惚れるには早いことは分かっていた。
表示される赤い警告。
ライバルキャラクターである、赤を纏った少女が出現する兆候。
対峙する赤と白。ここからが本番だと言っていい。
互いの攻撃が始まる。
弾丸が大量にばら撒かれ、両脇の小型艦からのレーザーが発射される。
しかしこれもほとんどが”ハッタリ”だ。
第二波までは赤の少女の真正面に居れば攻撃が当たらないことを、
僕は数度のプレイのうちに覚えていた。
接射。
敵に近づくことで弾の密度を上げる攻撃的テクニック。
その起源は古く、ビデオ・ゲーム黎明期に
名古屋の地で生み出されたものだと言われている。
一撃でも多く。一秒でも早く。
ロックオン攻撃しつつ、慎重に相手の攻撃を潜り抜けると、
赤の少女が次の攻撃に移行する。
扇子状に派手にばら撒かれる光弾の間をくぐる。
この攻撃が終わると、敵はビットを自分の周りに展開する。
そのビットを掴むためには、扇弾の終わり際に画面中央に寄っておいたほうがやりやすい。
自分の中で計算した動きがキチリと当てはまる。
キャッチ。
スイング。
シュート。
投げつけた小型機が、別の小型機の撃った光弾をかき消していく。
もう一撃。
キャッチ。
スイング。
シュート。
対峙した目標に対して正確に命中する小型機。
これが致命打となった。
ビット攻撃の次の攻撃であるレーザー攻撃に移行される前に撃破することに成功した。
捨て台詞と共に退却するライバルキャラクターをよそに、自分の現在の得点を確認する。
スコアは、3000万を超えていた。ステージクリア時のボーナスを加味すれば3200万にはなるだろう。
このところスコアが伸び始めているとはいえ、
過去のプレイでは2600万〜2800万くらいのところだった。
僕は自分の中ではかつてない好ペースを確かめるように、スコアを指差ししていた。
すぐにステージ2が始まる。
僕と白い少女の快進撃は続いた。
戦闘機の投擲で次々と戦車の列を薙ぎ倒す。
左斜め一列の戦車編隊。
これを一掃するには、投擲の準備動作を時計回りではなく反時計回りで行わなければならない。
軌道修正を行おうとするが、それが逆にどっちつかずの結果を生むことになった。
敵を後方にホールドしたまま、
前方の戦車からの攻撃。
懸命にキープしておいた敵キャラを盾にすらできず、被弾した。
情けなさと戸惑いから、アッと声が突き出た。
この程度のミスを犯すとは。
この程度のミスで取り乱すな。
交わった相反する思考は動揺。
「取り乱すな」という内なる声とは裏腹に、僕のプレイはそこから徐々に崩れていった。
そうこうしているうちに、2面も中盤に差し掛かる。
少女の何百倍もの体積がある、鳥のくちばしを連想させる白い大型機が登場する。
僕はためらうこと無くBボタンを押す。
アンカーが射出され、白い敵機に喰らい付く。
自分より遥かに巨大な敵ですら、この一見か弱そうな少女は捕らえて離さない。
その後も次々と現れる敵を、捕らえた大型機でワイプアウトしていく。
時々、他人のプレイを見ると、この大型機をショットで破壊してしまう人がいる。
この大型機がキャプチャーというのを知らないだと思う。
彼のプレイを見なければ、僕もしばらくは知らないままだったかもしれない。
僕が初めてこのゲームをプレイする前、このゲームの前には先客がいた。
帽子をかぶった、大層変わった仕草をする男だった。
彼は御手拭をジョイスティックの前に置き、汗をかいた手を拭きながらプレイし、
敵を投げるときに掛け声を出し、敵にやられた時には派手にのけぞったりしてみせる。
その時その時に出る、いちいちオーバーなリアクションをする姿を見て、
僕は、本当に楽しそうだな、と思った。
彼のプレイ自体も上手いものだった。
どんな敵がつかめるのかと言った知識、素早いスイング、的確な投げのコース、
そのどれをとっても、これからこのゲームに挑むという僕にとっては
見ていて非常に参考になるものだった。
彼のプレイを見ていなければ、このゲームに対する印象はもっと違っていたものに
なっていただろうと、常々思う。
彼のように、上手で、楽しんでプレイができているだろうか。
僕はそれを常々思う。
僕が彼のプレイを見て、楽しんだり、参考にしたりしたように、
僕のプレイが、誰かを楽しませたり、誰かの参考になっているだろうか。
その答えを知るのは―――
ボスの前哨戦、5連砲台が登場する。
中央のレーザー砲台に攻撃を集中させれば、すぐにカタがつく。
しかし僕は、この間彼のやっていたプレイを実践してみることにした。
5つの砲台を全て破壊する。
これをやると、側面4つの砲台を破壊した時点で最後の砲台の攻撃が激化するが、
増えた敵弾を得点アイテムに変えることもできる。
まずは事前に確保しておいた小型機を投擲して、側面2つの砲台を破壊する。
交差する攻撃。
カウンター・パンチが懐に入った。
これで残機は0。内心毒づく。
先ほどから緊急回避用のボムをストックしたままやられてしまっている。
もうボムは惜しまない。
固定砲台を消化、ボスの回転砲台を難なく退治する。
ボーナス得点は落ち込んでしまっているが、
5000万点に到達すればエクステンドがある。
そこまでいけばまだ粘れるだろう、と今後の戦略を軽く立てる。
ふと、僕が後ろに目配せをすると、老人はまだそこに居た。
これ以上の無様は見せられないな、と、僕の身体に張り巡らされた神経が呟く。
眼に、耳に、指に、力が入る。
3面。
ここからは敵の多さや攻撃の厚さが更に増すのに加え、掴むのに時間の掛かる中型・大型の敵が
次々と出現するようになる。
自機狙いの弾を放つ戦闘機も中々に厄介な存在だ。
より計算された動きをしなければ、全てを捕らえるのは難しい。
もう顔馴染みとなった赤い小型機の10機編隊を捌く。
弾幕を張る赤い戦艦を掴み、ステルス風の戦闘機がばら撒く高速弾を受け止める。
その物量を捌ききることが出来ず、ボム1個を消費することになってしまった。
ボス前の中型機ラッシュに到達する。
左の敵をを右へぶつけ、右の敵をを左へぶつけ、を交互に繰り返して突破していく。
これは安全策だ。
本来ならば掴んだ敵を自分の手元に一度ひきつけ、回転させてから投げれば
厚い弾幕を得点アイテムに変えることができるだろう。
しかしそれを実行できた試しは今までにない。
今の僕にはそこまでのことができる実力も自信も無い。
今までのミスの内容を考えれば、その原因は「欲張り」にあることは間違いない、
そういった思いもあった。
3面ボスに臨む。
既にエクステンドは達成していた。
こちらの状態は、残機1、ボム1。
雷光光る暗雲の中、白の少女と敵は対峙する。
まずは手にしていた中型機で先制攻撃をかける。
敵本体がボスにしては比較的小柄なせいか、あまりダメージが入っているようではない。
すぐに敵の反撃。
高速で放たれる6Wayの赤弾。
赤弾の合間を気合、そう気合を込めて潜り抜ける。
尚も放たれる攻撃に、
サイドからじわじわと迫る通常弾のコンビネーションが加わる。
自然に自機の位置が、端へ端へと動いていってしまう。
気が付けば弾幕は、潜り抜ける間が見当たらないような、
ある種の壁となって少女に迫ってきていた。
追い詰められた。
ここぞとばかりに緊急回避を使う。
あれだけ画面全体を覆っていた弾は全て消え去り、その代わりに爆風が巻き起こる。
その隙に中央に移動しなおし、仕切りなおしを図る。
ボムにより途切れていた攻撃が再開される。しかし敵もボムの打撃によって体力を奪われていたのだろう。
こちらがボスを仕留めるほうが早かった。
だが気持ちの上での劣勢はさほど変わらない。
空中に投影されたワイヤー・フレーム映像から、ボスの第二形態が実体化する。
攻撃パターンは、自機狙いの高速弾、続いて扇弾、スピードの早い全方位弾。
そして機雷射出のあと、中央に潜り込む必要のある連射7方向攻撃。
中でも全方位弾が厄介だ。初弾が高速で、後になるほど弾速は遅くなっていくのだが、
高速の初弾に惑わされて非常に被弾しやすい。
ボムを使わずまともにかわせたことは数えるほどしかない。
しかも、ボムを使ってしまえばこの後に来る機雷まで潰して、攻撃のチャンスを消してしまう。
そう考える必要はなかった。
この時、僕は既にボムは持っていなかったからだ。
避けてやる、と覚悟を決める。
口の中が自然と引き締まった。
幾層にも重なった光子の粒が迫る。
一層目、二層目、三層目―――
そこで小さな悲鳴が聞こえた。被弾した。
やはり、というべきか。
残機が減って再装てんされたボムを早速1発放ち、フォローを入れる。
ボム後に残った機雷を投げ、7方向攻撃の中心にこじ入る。
撃破した。
いや、したかに見えた。
ボスの第3形態がワープアウトで突入してくる。
ここからは実戦経験が少なく、ほぼアドリブで戦うほかは無い。
空母風の姿をとった第三形態のボスは、その姿にあわせるかのように、
右脇、左脇から艦載機を発信させる。
これを逃すかとばかりに、アンカーシュートを打ち込んで艦載機を爆破する。
一掃される艦載機。
母体に対してもなかなかの打撃になったようだが、攻撃はまだ止まらない。
対空砲火の花が咲き、2門のレーザー砲が空を裂く。
堪らなくなった僕はすかさずボムを消費する。
橙をたたえた暗い空に光弾が交錯し、爆風がせめぎ合う。
互いがありとあらゆる攻撃をぶつけ合い、
そして遂に、白き戦闘妖精はその力を以って、鋼の獣を塵の虚空の元へと還した。
もうこれ以上はないだろう。
僕は安心し、そして不安になった。
的中したのは不安のほうだった。
表示される赤い警告。
ライバルキャラクターである、赤を纏った少女が出現する兆候。
残機も緊急回避も尽きた自分の心を砕き、乾いた笑いを浮かべさえるには
それだけで十分だった。
十数秒後か、あえなく撃墜。
ボタンを連打し、コンティニュー・カウントを早送りして席を立つ。
振り返ると、あの老人が、
僕のほうを見て肩をすくめてみせた。
彼は僕のプレイをずっと眺めていたはずだ。
僕はそんな老人の様子を見て、肩をすくめ返してみせた。
苦笑いも浮かべていただろうか。
そして僕は、彼の横を通り過ぎ、
その日のプレイを切り上げて帰路へ付いた。
僕とその老人とのやり取りはたったそれだけだったが、
僕の中にはそれがひどく印象深く残っている。
ゲームプレイ自体には納得いかない部分もままあった。
なまじ序盤が順調なぶん、後半のほうが消化不良になっている、というのもある。
でも、気分は悪くない。
何か、言葉を超えた感情が、あのやり取りの中にあった気がするのだ。